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むかし、鎌倉時代のはじめ、兄頼朝から追われた
源義経は、武蔵坊弁慶などのわずかな家来を従えて、
北陸路を北に進み、鶴岡から清川に出て、舟で最上川
をさかのぼりもと本合海に至り、ここから亀割峠を越して
小国郷に入り堺田を経て陸奥国(岩手県)平泉に逃れた
という。小国川の両沿いの地域には、とくに色濃く義経伝
説が語り継がれ分布している。
瀬見温泉の名のおこりは、昔、兄と仲たがいになった
義経が、山伏に身をやつした一行となり奥州平泉をさし
て落ちる途中、庄内から最上川をのぼり小国川沿いに
通るつもりであったが、一関(舟形町)という関所がある
と聞き、道をかえて休場を通り亀割山の山道にさしかか
ると、同行の北の方が急にお産をされて苦しまれた。弁
慶は急いで東の沢にくだって水をさがすうちに湯煙を見
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